ハンさんの半分

大したことは書かないブログ

僕なりの考え

お久しぶりです

いつの間にか10月が終わりますね、怒涛の10月だった………

10月は嫌なことや、しんどい事が多かったです

何か嫌なこととか、だるいことがあった時、皆さんはどうしてるんでしょうか?

 

僕はしんどさとかによって、色々心持ちを変えたりしてます

例えば、その場限りで事が済んでしまうが、今後起きることがめんどくさいとか、しんどいとか思った時には

「どうにかなるだろ」

って気持ちでなんとかしてます

なるようにしかならないと思いますし、ひとまず最善を尽くし、ダメでもそれはそれでなんとかなると思ってます

 

そして、次に結構しんどい時

本当に嫌なことがあって、どうしてもその事を考えてしまう時についてです

これは宗教?哲学?的な発想なのかもしれないですが

「台本通りだったのだ」

と考えるようにしてます

台本通りと思うことで、どんなに辛いことでもしょうがなかったことだとある程度気持ちを軽減出来るのです

もちろんこの言葉だけで100%気持ちが晴れるわけではないです

辛い気持ちが軽減されます

でも、大体この言葉について話すとこんなこという人がいます

「じゃあ、何もしなくても結果変わらないんじゃない?例えば勉強をたくさんしてもしなくてもテストの結果とか変わらないんじゃない?」

違うのです

まず、勉強をたくさんしたというのも台本通りであるし、その後のテストの結果も台本通りなのです

勉強全くしなかったというのも台本通りであり、その後のテストの結果も台本通りなのです

しかし、このふたつのテストの結果が一緒だとは一言も僕は言ってないです

一緒かもしれないですし、一緒じゃないかもしれない

結果が先にあるということはないのです

前後に因果関係があるのは当たり前

 

こんなこと言う人もいます

「絶対台本通りにはならない」

その言葉を発した時点で、それも台本通り

道に落ちてる石を見つけて、蹴ろうと思ったが、この言葉を思い出して、蹴らないと決意してもそれも台本通りなんです

 

 

「良いことの喜びがなくならない?」

それは、ないです

さっきも書きましたが、先に結果がある訳では無いのです

前後には因果関係があるのです

努力して試験に受かった→嬉しい   は

(台本通りに)努力して(台本通りに)試験に受かった→嬉しい

となるだけ

努力したんだから、喜びが無くなる訳ない

もし、喜びが減ったり無くなったりしたら、それはそもそも努力してないんだと思います

 

腐れ儒者のように言葉を垂れるのはあまり好きではないですが、こんなことを考えて日々の辛いことをやりすごしています

 

台本通りにこのブログを読んで頂きありがとうございます

ちょっとイラッとしても、それも台本通り

 

 

追加(2017/11/10)

台本通りと運命は違います

運命は何をしてもそうなってしまうというニュアンスが強いと思います

台本通りは因果関係が必ずある事なのです